奄美群島の海岸線についての考察

奄美群島
奄美群島

  自己研修として、 5月末の喜界島6月頭に沖永良部島・与論島と廻り(旅の様子は上記のリンク先にある旅行記をご覧下さい)、「3島(喜界島・徳之島・沖永良部島・与論島 )巡りを終えて」で考えたことをまとめてみました。
 3島はサンゴ礁が隆起した島、サンゴ礁だけで出来た島とばかり思っていたが、実はもっと複雑な地質・地層、そして島の景観があることを実際に見て、その地質・地層、形成の過程について、知らないことだらけでしたので、少し調べてまとめてみます。
 なお、学術的にはかなり大雑把であることはご了承下さい。写真については3島巡りのブログ記事で使用したものを再利用しています。小さいサムネイルが主ですが、クリックすると大きな写真が表示されます。

 サンゴ礁の解説については、環境省自然環境局:国際サンゴ礁研究・モニタリングセンターの「サンゴ礁について」と、沖縄県農林水産部水産課のお魚レシピ伝道師の「沖縄の海について>沖縄の海の特徴」等をご覧下さい。用語はこれらを参考にしています。

 地質については、喜界島サンゴ礁科学研究所の方に教えていただいた、国土地理院の地理院地図(電子国土Web)の「土地の成り立ち>地質図-産総研地質調査総合センター>20万分の1日本シームレス地質図V2」、用語については検索してみたところ日本地質学会の「地質系統・年代の日本語記述ガイドライン2020年1月改訂版」や地質調査総合センターの「地質を学ぶ・地質を知る」が参考になるようです。

奄美群島の海岸線についての考察

奄美大島の海岸線

 奄美大島の海岸線を以下のタイプに分類してみます。

  • なだらかな遠浅の海底に沿って大きくサンゴ礁が張り出し、リーフを形成していて、外側に礁嶺(しょうれい:方言でヒシ)、その内側から海岸線までの間には礁池(しょうち:方言でイノー)があり、海岸線には砕けたサンゴが白い砂浜を形成する。ヒシ(礁嶺)は干潮では海面の上で出るが、満潮になると海水に覆われる。主に奥行きのあって遠浅の湾や龍郷町屋入以北の海岸線。(以下、タイプA)
  • 海ギリギリまで山が落ち込んだ海岸線にサンゴ礁が張り出している。イノー(礁池)はほとんどなく、すぐにサンゴが砕けた白い砂浜に繋がる。ヒシ(礁嶺)は干潮では海面の上で出るが、満潮になると海水に覆われる。龍郷町屋入以南の海岸線。(以下、タイプB)
  • サンゴの砕けた白い砂浜よりも内陸部にサンゴ礁からできた石灰岩で覆われた海岸、もしくはリーフの途中にある満潮時でも沈まない高さの石灰岩。色は黒ずんでいて、上部はノコギリの刃のように尖っている。満潮時に一部が海水が入り込む場所、リーフ内などは海面の高さの部分は侵食されていることも多い。主に笠利町用海岸や龍郷町手広海岸に見られる。(以下、タイプC)
  • 海ギリギリまで山が落ち込み、山の砕けた石(泥岩など)で覆われた海岸。茶色の石が多い。主に焼内湾や大島海峡、加計呂麻島に多い。(以下、タイプD)
  • 海底や山の砕けた岩が砕けて砂もしくは砂利(丸く削られている)となっている海岸線。泥岩よりも硬く、白っぽい、あるいは灰色っぽい色が多い。ホノホシ海岸、嘉徳海岸等。(以下、タイプE)

 タイプDおよびタイプEの海岸線は、海底プレートの移動により大陸のプレートと地続きとなった付加体(海底の堆積物がプレートにくっついてできた地層)が沈下していく過程で沈まずに残ったことによって出来た海岸線です。

喜界島・沖永良部島・与論島の海岸線

喜界島
ハワイビーチ

 喜界島・沖永良部島・与論島の3島は基本的にサンゴ礁が隆起して出来た島ですので、タイプAとタイプBがほとんどと思っていたのですが、喜界島と沖永良部島はタイプCのサンゴが多い、あるいはこのタイプCが連続している海岸線が多く、サンゴ礁が砕けた白い砂浜が少ない。
 あるいは、陸地から直にタイプCの黒っぽいギザギザのサンゴ石が連続し、海に突き出した断崖の形(沖永良部島の西側、国頭岬からフーチャ、そして田皆岬までの海岸)になっています。

沖永良部島、笠石海岸
沖永良部島
笠石海岸

 また、奄美大島の笠利町用で見られる奇岩もそうですが、沖永良部島の笠石海岸にも笠型(キノコ型)の石灰岩が見られ、名称の由来だそうです。
 沖永良部島にはタイプDの海岸線が北部の国頭岬の近くで見られましたが、基本的にCとDの海岸は3島にはまったくありませんでした。

サンゴ礁の海岸線の違い

与論島
与論島

 では、サンゴ礁の海岸線は、タイプAもしくはBのような白い砂浜・イノー(礁池)・ヒシ(礁嶺)のようなタイプと、タイプCのような黒ずんで、先のギザギザになっている石灰岩の2タイプあるのでしょうか。

 当初は、サンゴ礁が形成された年代の違いや、水深などの違いによるサンゴの種類の違いなどを考えていましたが、喜界島サンゴ礁科学研究所の方に質問したところ、以下の回答をいただきました。(以下の回答は編集しています。文責は私にありますので、喜界島サンゴ礁科学研究所への問い合わせ等は行わないでください。)

 奄美群島の石灰岩の年代は、それほど大きく異ならず、海岸の石灰岩なら喜界島などの新しいもので〜7.5千年前、沖永良部島の北部なら〜5万年前などで、地質的には似通ったもの。
 海岸線で観察される石灰岩の色の違いは、主に風化に伴う表面の色の変化ではないか。
 石灰岩表面の有機物が紫外線に反応して黒化する場合や、陸域からの土壌の粒子などに接触する部分は茶色くなったりする(例えば大島の笠利の用海岸など)。
 ギザギサや丸っぽいものなどは、風化が進行しているものはギザギザ、より風化が進行したものは丸っぽくなることが多いと思われる。
 従って、色の違いのみからサンゴの種類やその生息水深を一概にいうことは難しい。

(喜界島サンゴ礁科学研究所の方からのメイル回答を要約)

白いサンゴ礁の海岸

沖永良部:西郷どんロケ地

 サンゴはポリプという小さなイソギンチャクのような生き物が集まって構成している動物で、ポリプは神経と消化器を繋げて共有し、それぞれが出す石灰質が全体の骨格を形成しています。この時の石灰質は白です。そして、これが固まったのがサンゴ礁で、砕けて白い砂となります。全てではなくて、星の砂として有名な有孔虫なども白い砂を構成しています。

 こういう場所のサンゴ礁は干潮時には海面の上に出ますが、満潮時には海中に沈みます。そして常に波・海水に洗われています。
 結果、白い石灰岩があるいは丸みを帯びた白い石、さらに細かく砕けて白い砂となります。

黒っぽい石灰岩の海岸

沖永良部:田皆岬
沖永良部島
田皆岬

 黒っぽい石灰岩の海岸、石灰岩は海のそばですが、満潮になっても水没しない高さ、あるい場所です。

 台風など強風の際は波がかぶることや、風で飛ばされた塩分が降り注ぐことがあるでしょうが、通常は白いサンゴ礁の海岸のように満潮時には海水で洗われることはありません。

沖永良部:田皆岬
沖永良部島
田皆岬から国頭岬方向の海岸線

 そのため、常に風雨さらされ太陽光に焼かれる、あるいは飛んでくる土砂が一部を覆ったり植物が生えてくることによる変化等で変色し、結果、白ではなく着色して黒ずんだようなことになるのでしょう。(この石灰岩の変色については、さらに調べたいと思います。)

 さらには雨に含まれる酸性成分によって石灰が溶かされてトゲトゲの尖った形状になると考えられます。(参考:WikiPedia カルスト地形

隆起の規模により異なる地形

沖永良部島:フーチャ
沖永良部島
フーチャ

 沖永良部島の西側、国頭岬からフーチャ、そして田皆岬までの海岸は黒っぽい石灰岩がかなりの切り立った断崖を構成しています。また、喜界島の東側にあたる七島鼻から百之台の海岸段丘、与論島の与論城(グスク)跡の海岸段丘もかなりの段差です。

 これらは、大規模な隆起により、一気に高さのある石灰岩が出現し、そこへ海からの叩きつける波が下をえぐり、崩落して形成されたのではないかと想像します。
 その途中の状況が、沖永良部島のフーチャです。海に大きく石灰岩が張り出していますが、海面近くから横穴があり、それが途中で上に吹き抜けますが、やがて崩落していくでしょう。
 奄美大島の笠利町用海岸の奇岩や沖永良部島の笠石海岸の笠状の石灰岩は、その名残で、その後の隆起の速度は遅いので、白い砂浜と遠浅のリーフが形成されていると考えられます。

 奄美大島では、龍郷町赤尾木から北は喜界島と似たような作りで、恐らく海底のサンゴ礁が隆起して出来たのでしょう。それで笠利町の用海岸の奇岩や手広海岸の黒っぽいギザギザの石灰岩も、そうやってできたのではないでしょうか。

 しかし、赤尾木よりも南部は大陸の一部が徐々に沈んでいく形でしたから、大規模な石灰岩が出現することもなく、遠浅の奥行きのある湾などは特に白い砂浜が形成されたと想像します。

ムンヌシリハテヤネン(物の知り果ては無い)

 島々の景観や岩を見た感じから、調べてみて、以上のような考察をしたのですが、喜界島サンゴ礁科学研究所の方に教えていただいた国土地理院の地理院地図(電子国土Web)の「土地の成り立ち>地質図-産総研地質調査総合センター>20万分の1日本シームレス地質図V2」で地質を細かくみてみると、沖永良部島のフーチャの周辺は一気に隆起した石灰岩の断崖のようですが、中央から田皆岬にかけて、さらに喜界島の七島鼻から百之台の東側と与論島の与論城(グスク)跡の断崖の地層は石灰岩ではありませんので、違う形で断崖が形成されているようです。

 今後も、奄美大島を中心に群島の各島々の地層について、そして次は徳之島へ行って実際に景観と岩を見て、地層図で調べて、島と海岸線の地形について考察をしてみたいと思います。

 方言で、ムンヌシリハテヤネン(物の知り果ては無い)。
 まだまだ、調べて学ぶことは続きます・・・

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知名瀬のパッションフルーツ(続報)

ワンコイン(500円)
パッションフルーツ
ワンコイン(500円)
パッションフルーツ

  先日、ご紹介した奄美市知名瀬の西果樹園さんのパッションフルーツ直販ですが、今日の金作原探検ツアーでもお客さんにお話ししたところ購入をご希望でしたので立ち寄ってきました。
 前回は写真を撮影するのを忘れていたので、お客さんが購入した4ネット、ワンコイン(500円)分の1ネットの写真です。1ネットに7個入っていました。
 西果樹園さんのホームページを見ると、通販コーナーを見ると、家庭用16個~18個で2300円ですから、現地で直販とはいえ、かなりお得だと思います。

 ネットに入って見えにくいですが、先日、ご紹介した記事の写真をご覧になるときれいな実がわかるかと思います。
 先日の記事ではカップの作り方をご紹介しましたが、今日は保存方法と食べる時期のご紹介です。
 まず、このツヤツヤした張りのある状態でも美味しいのですが、まだ若く、少し酸味が強い甘酸っぱい味です。これを常温で置いておく(冷蔵庫はやめたほうがいいでしょう)と、いい香りは放つのですが、やがてシワシワになってきますが、徐々に甘味が増してきます。
 そのまま置いておくと、どんどん熟していきシワシワが強くなっていきますので、好みの状態で保存するには冷凍します。密封型のタッパーやジッパー付きの保存袋などに入れて冷凍による乾燥を避けて冷凍保存すると、かなりの期間で保存できます。くれぐれも乾燥に注意してください。
 食べる時は解凍の必要はありません。パサパサに乾燥していなければ、包丁をゆっくり当てていくと切れます。(危険なので無理をせずにゆっくりと刃を入れて下さい。)
 すると、中の実もシャーベット状になっていますので、ジュースもこぼれず、食べやすいです。
 皮が乾燥してきた場合には、最後の方法として切って、中身をタッパーなどに入れて冷蔵保存すればさらに長く保存できます。
 お試し下さい。

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役勝川のイジュ(3日後・・)

役勝川に張り出したイジュ
役勝川に張り出したイジュ

  役勝川のイジュを 22日に花が終わったかもと、ご紹介したのですが、昨日(25日)に通ってみると、どんどんと咲くところでした。
 「役勝エコロード」という国道58号線から宇検村への役勝トンネルが出来る前の役勝川沿いの旧道、ここから役勝川の上にせり出しているイジュの木です。
 先週の大雨の影響で役勝川の流れが清流とはいかず、濁っているのが残念ですが、それでもなかなかの景色です。
 道が狭いのですが、交通量はほとんどありませんし、大型車も通りませんから、普通車や軽自動車でしたら、路肩に停車・駐車して、のんびり散策することができるのでお勧めです。ただし、お手洗いがこの前後にはありませんので、その点だけご注意を。

 この日は瀬戸内町篠川の叶農産さんで「野菜の垂直仕立て栽培」講習が行われたので、個人的に休みを取って参加してきました。
 農家さん向けの内容でしたので、ガイドの仕事にプラスになればというぐらいの軽い気持ちで行ったのですが、とんでもなく面白かったです。自然に繋がるとも思いましたが、”農業の常識を疑え!”という感じでしょうか。
 興味ある方は講師である(株)グリーングラスの道法さんの書籍「道法スタイル 野菜の垂直仕立て栽培」をお読みください。

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Peachのデジタルマップに掲載されました

Peach奄美デジタルマップ
Peach奄美デジタルマップ

 東京(成田)および関西(関空)から奄美大島へ就航しているPeachさんが作成した奄美デジタルマップに掲載されました。
 本来は3月頃でリリースされる予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で欠航となった影響で公開が遅れていました。
 しかし、6月19日から運航が再開されましたので、それに合わせて公開されています。
 なお、Peachのプレスリリースによると、東京(成田)・奄美大島間は8/7-8/16の期間、増便して1日2往復となります。

「外せないスポット」
金作原原生林
「外せないスポット」
金作原原生林

 ただし、このマップはPeachが企画・作成していますが、奄美大島への航空券購入者へのメイルにてご案内しており、現時点ではPeachホームページからはリンクしていません。ご注意下さい。

 また、メニューの上から3つ目「外せないスポット」 をチェックすると「金作原原生林」のアイコンが表示され、クリックすると紹介がでますが、まったく同じ場所に当社の紹介アイコンが配置されていますので、メニューの「自然を感じる」をチェックすると「金作原原生林」のアイコンの上に当社のアイコンが重なる形となります。

観光ネットワーク奄美
観光ネットワーク奄美紹介

  説明文の「続きを読む」の中に実際の住所が記載されていますので、ご注意下さい。
 また、説明の一番下に「案内を開始」というボタンがあり、クリックすると閲覧している現在地点から金作原原生林までのルート案内が表示されますが、説明にもあるように、2019年2月から利用ルールが制定され、現地へは認定ガイドによるツアー参加をお願いしています。

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知名瀬のパッションフルーツ

西果樹園
西果樹園

 昨日までの数日は(おそらく)梅雨最後の大雨が続き、瀬戸内町の加計呂麻島や西の方(久慈・花天)、大和村の国直と奄美市名瀬の根瀬部の間ががけ崩れによって通行止めになったりしました。
 金作原原生林への林道はどうかと、昨日の午後から林道チェックにいったのですが、幸い影響はありませんでした。

 金作原原生林へ向かう途中、里集落から知名瀬集落へトンネルを抜けると道路脇に黄色い看板。知名瀬農道の途中にパッションフルーツを栽培しているビニールハウスがあるのですが、その西果樹園さんのパッションフルーツ直販の案内看板でした。
 林道チェックの帰り道に立ち寄って、お話を聞いたところ、ワンコイン(500円)で数個(3・4個かな)を販売しますよとのことです。上記の西果樹園さんのホームページからも購入できます。
 数年前に農道沿いには他の農家さんの無人販売があって、ツアー参加者には好評だったのですが、去年・今年とやってなかったのです。
 ご希望の方には金作原探検コースの帰り道に立ち寄ることができます。
 今シーズンは7月末ぐらいまでとのこと。
 帰り際にパッションフルーツを数個いただきました。たいへん、香り良く、美味しかったです。 通常は半分にカットして食べる方法が紹介されていますが、せっかくの果汁がこぼれてしまうということもあり、個人的にやっている黒糖焼酎をおいしく飲むためのパッションフルーツのカップの作り方をご紹介します。

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3島(喜界島・沖永良部島・与論島)巡りを終えて

与論島上空から
与論島上空から

はじめに(島(シマ)巡り)

 20年余り奄美大島をガイドする仕事にたずさわるようになって、”奄美”というキーワードを口にしながら、途中で、”奄美”を奄美群島全体を表しているつもりが、実は”奄美”は奄美大島に住んでいる者だけが無意識に認識していることで、奄美群島内では喜界島・徳之島・沖永良部島・与論島はそれぞれ、自分の島と、いわゆる”大島”は違う!という意識であることに気付きました。まして、奄美大島も、加計呂麻島・請島・与路島も違うし、大島の中でも各市町村、そしてシマ(集落)毎に、”我がシマ”の意識の違いに気付きました。

 幸い、大島および加計呂麻島はガイドの仕事で日帰りでちょくちょく訪れる場所も多く、請島・与路島も行く機会がありました。
 しかし、その他のの島へは大島を離れて数日間、旅行というのはなかなか難しく、徳之島だけはガイドではなく移住支援の関係で行く機会がありましたが、喜界島・沖永良部島・与論島は行く機会が無かったのですが、今回の新型コロナ騒動でガイドの仕事が実質開店休業状態となったこともあり、思い切って行くことにしたのです。
 当初は、まずは5月末の喜界島、と思ったのですが、これが予想以上に面白く、勉強になったので、6月頭に沖永良部島・与論島と行くこと。
 すべて自腹なので、まぁ、授業料はそれなりかかりましたが、それ以上の収穫があったかと思います。
 旅の様子は上記のリンク先にある旅行記をご覧下さい。
 ここでは、それ以外に島(シマ)巡りで感じたこと、考えたことをまとめます。(長文、注意です。)

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役勝川のイジュ

イジュ
イジュ

 相変わらずガイドの仕事はなかなか入らず。ということで、昨日もお休みでしたので、土曜日から土砂降りでやることも無いので、瀬戸内町篠川の知り合いに届け物を持っていきました。

 そいういえば、例年チェックしている役勝川のエコロード(旧道)のイジュはどうだろうかと見に行ったのですが、残念ながら既に終わりかけでした。

 この雨をもたらしている梅雨前線は梅雨明けしたはずの沖縄地方まで南下していますが、この後、北上して奄美地方を通過したら梅雨明けでしょう。まぁ、トカラ列島まで奄美地方となっているので、実際にはトカラの北へ前線が北上しないと梅雨明け宣言にはならないでしょうが。

 エコロードの山側斜面からは水が噴き出し、川も御覧のように茶色に濁っています。今朝の新聞やあまみエフエムでも土砂崩れによる通行止め情報が掲載されているようです。ご注意下さい。
 当社でも午後から金作原原生林への林道の状況チェックへ行く予定です。

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沖永良部/与論旅行記(7)島内グルグル、風葬地(ジシ)

  6月12日から14日まで、沖永良部島と与論島へ行ってきました。
 数回に分けて連載します。途中で他の話題が入る(かも?)しれませんので、記事には”202006沖永良部/与論”のタグを付けておきます。
 訪問地はマイマップ(沖永良部島与論島 )を作成して写真をアップしてあります。
(1)(2)(3)(4)(5)(6)

百合ヶ浜ビーチハウスの朝食
百合ヶ浜ビーチハウスの朝食

 宿の朝食はオプションでしたが、お願いしておいたので、Sさんご夫婦と色々お話をしながら、のんびり朝食。その後、8時に宿を出発。昨日、ご案内いただいたTさんが今日も案内しましょうかと言っていただけたのですが、自分でも廻ってみたくてレンタバイクで出発です。

メガネロケ地(寺崎海岸)
メガネロケ地(寺崎海岸)

 再び反時計回りで、昨日は県道でしたが、今朝はなるべく海岸近くの細い道をたどり、映画「メガネ」のロケ地、寺崎海岸へ。

 再び茶花を通って、なるべく海岸線近くを通り、百合ヶ浜手前の東区にある与論民俗村へ。

 見学して、色々お話をした後に風葬地を見たいのですがとお聞きしたのですが、近くの海岸にあったはずだが難しいでしょうとのこと。

 ここは風葬地は諦めて、昨日、訪れた与論城跡へ。

与論城(ぐすく)跡からパノラマ
与論城(ぐすく)跡からパノラマ

 サザンクロスセンターをまだ見学してなかったのです。一通り、見学したあと、施設の方にこの近くに風葬地はありませんか?とお聞きすると、与論城跡の崖下にありますよと教えたもらいました。ただし、直接知っているわけでは無く、ご本人も与論の方では無いけど、ご主人から聞いている範囲だそう。
 念のため、持っていきなさいと袋に入れた塩をもらいましたが、これが後で大変役立ちました。

 言われた場所に行ってみるととてもじゃないのですが入れるような場所ではなかったので、崖の上を少し移動してみると「龍頭の伝承」という石碑。
 そこから南を見ると沖縄本島が見えます。石碑には海からくる敵を睨む龍の頭という説明があります。
 ところが、この後、茶花で昼食に入ったお店の方がご夫婦で40年以上前に移住してきた方で、与論から見える沖縄本島の島影は、地元の人は仏像が横たわっているようと言いますが、ワニが右を向いているように見えませんか?もし、あれにヒゲがあれば龍に見えませんか?とおっしゃるのです。
 その時、この与論城跡にあった「龍頭の伝承」の石碑を思い出し、もしかして、龍の頭を拝む場所、という意味の名称なのかなとも思いました。

 龍頭の石碑の脇から崖を下るような感じで藪に覆われた細い道があり、下っていくとあります。風葬地でしょう。ただ、この場所をうろついていると軽い頭痛。少し鳥肌も立ってたので、いただいた塩をなめて振りかけて早々に退散。

舵引き丘からパノラマ
舵引き丘

 少し時間があったので、急いで昨日も行った舵引き丘へ行って360度撮影。あらためて島の隆起、地形の変化を確認。
 水平線には沖永良部島と沖縄本島、伊是屋島/伊平屋島が見えます。

 1時には茶花のヨロンオーシャンレンタカーさん本社にバイクを返却するために立ち寄ると、飛行機は2時50分発ですから、あと1時間近くバイク利用して空港に駐車しておけばすぐに回収しますからとのこと。ありがたいです。

 それならと諦めかけていた前浜の風葬地へ。
 探してみるとありました。
 ただ、全て入口や周囲がコンクリートで固められています。
 そして、うろついていると再び頭痛と頭全体がボォーとするような感覚、さらには頬の皮膚がピクピクと痙攣して引きつるような感じ。再び、塩をなめて頭・肩に振りかけてお清めして退散。

 風葬地を与論では何という名称なのか聞くのを忘れていたので、後日、TさんにFacebookでお聞きしたところ、「ジシ」とのこと。語源は「厨子甕」(ズシガメ)
 風葬地に納骨するために置かれている中国由来の甕です。ちなみに沖縄やトカラ列島等では「テラ」という名称だということをFacebookの友達から教えてもらいました。
 島によってこれだけ違うんですね。

 空港に到着すると1時40分、ちょうどいい時間です。
 喫茶コーナーでこの二日間で真っ赤にやけた腕を冷やしながら出発を待ちました。

(おわり)

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沖永良部/与論旅行記(6)オオゴマダラと百合ヶ浜

  6月12日から14日まで、沖永良部島と与論島へ行ってきました。
 数回に分けて連載します。途中で他の話題が入る(かも?)しれませんので、記事には”202006沖永良部/与論”のタグを付けておきます。
 訪問地はマイマップ(沖永良部島与論島 )を作成して写真をアップしてあります。
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オオゴマダラ
オオゴマダラ

 百合ヶ浜へ戻りながら、Tさんの友人が育てているオオゴマダラのビニールハウスへ。たくさんのオオゴマダラが飛んでいましたが、昔はたくさんいたけれども居なくなってしまい、復活させるためにホウライカガミを増やしたりしているけれども、なかなか増えない。居なくなった理由、そして増えない理由がわからないとのことでした。

 ちなみに、喜界島ではたくさんいたウグイスは大島よりも多い感じでしたが、喜界島ほどではなく、ホトトギスもときたま鳴いてるぐらいでした。

 赤崎灯台近くの海岸で地質の変化を教えていただいて、Tさんのご自宅まで。
 明日も案内しましょうかと言っていただけたのですが、せっかくレンタバイクもあることですし、自分で廻ることに。
 その後、TさんにはFacebookでいくつか思い出して質問して教えてもらってます。

 少し時間があったので、Tさんのご自宅のある古里集落から与論島を反時計回りにぐるりとバイクで廻って百合ヶ浜の宿へ。
 宿は夕食がついていないのですが、歩いて10分ほどの場所にレストランがあるということなので、軽くシャワーを浴びた後、少し涼しくなってから飲み物を我慢して行ってみると、なんとコロナ対策のために6月中は与論島外からのお客さんお断りとのこと。
 今更、戻ってバイクで出かける気力も失せたので、すぐ隣のスーパーへ。
 しかし、もうお弁当などもなく、お店の方に聞くと近くに食事できるところは無いし、他のお店ももうお弁当はないでしょうとのこと。仕方ないので、ビールとお刺身のパックとおつまみを少々購入し、ビール飲みながら宿へ戻りました。

 宿のSさんにお願いして醤油とお箸をわけていただき、フロアーでビールとお刺身やつまみを食べながら、与論のことや、Sさんご自身や宿のこと、与論のツアーやガイドのこと等、色々お聞きできました。
 Sさんと沖永良部でおみやげにいただいた焼酎を飲みながら、もう少しお話をと思ったのですが、22時からスターウォッチングに同行するということなので、こちらも前日もハードでしたから早々にお開きに。

 宿はお部屋が2部屋のみ。利用したお部屋もベッドが4つ!贅沢な使い方です。
 元はある会社の保養所だったそうで、お風呂(シャワー)とトイレは共同ですが、きれいな宿でした。

百合ヶ浜の日の出
百合ヶ浜パノラマ

 ロケーションは島の東、前日調べておいたので、翌朝は日の出前に目が覚めたので、目の前の百合ヶ浜へ。徒歩1分です。
 残念ながら水平線に雲があったので、水平線から日の出とは行きませんでしたが、きれいなビーチです。

百合ヶ浜パノラマ
百合ヶ浜パノラマ

(6)へつづく)

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沖永良部/与論旅行記(5)与論城(グスク)跡と屋川(ヤゴー)

  6月12日から14日まで、沖永良部島と与論島へ行ってきました。
 数回に分けて連載します。途中で他の話題が入る(かも?)しれませんので、記事には”202006沖永良部/与論”のタグを付けておきます。
 訪問地はマイマップ(沖永良部島与論島 )を作成して写真をアップしてあります。
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与論島を茶花沖から
与論島を茶花沖から

 沖永良部島は東シナ海側が侵食された琉球石灰岩ですが、全体としては大山を頂点としてなだらかな地形です。しかし、与論島へ近づき、島の東シナ海へ回り込んでいくと茶花のあたりを過ぎた沖合から眺める風景に大きな海岸段丘が見えてきました。
 喜界島を奄美大島から見た時に南に見える百之台から七島鼻の先がガクンと海岸段丘がわかるのですが、ちょうど同じような形です。高さは七島鼻が221m、与論の海岸段丘の一番上は100mもありませんが。

与論港
与論港
奥に沖縄本島が見える

 与論島は天気がよければレンタルバイクと思い、あらかじめ予約しておいたヨロンオーシャンレンタカーさんにフェリーから連絡してみると港に配達してくれるとのこと。

 港に待っていてくれて、その場でお支払い。翌日13時返却ということで24時間、2000円です。50ccですが、それでも安い。与論島を廻るには道も細いし、十分でした。

 ヨロン島観光協会のMさんにもお会いしたいと連絡をとっていたのですが、フェリー到着が13:40、Mさんは14:00から会議があるので、ちょっと無理ですねとお話していたのですが、なんと、港に来てくれていました。わずかな時間ですがご挨拶だけ。

百合ヶ浜ビーチハウス
百合ヶ浜ビーチハウス

 港から宿泊先の百合ヶ浜ビーチハウスへ。
 こちらは管理しているご夫婦の旦那さん、Sさんが与論島観光エコツアーガイドとして認定エコツアーガイドの方、奥さんが「薬草カフェ pique-nique(ピクニック)」をされているので、ちょっと遅めの昼食に薬草カレーをいただきながら、Sさんから少しお話を伺いました。

薬草カフェpique-nique
薬草カレー
薬草カフェpique-nique
薬草カレー

 Facebookの知り合いから与論島のエコツアーガイドの草分け的存在のTさんをご紹介いただいていて、事前に連絡をとっていました。Sさんもよくご存じの方でしたので、直ぐに訪ねることに。

 Tさんのご自宅を訊ねると、夕方まで2時間ぐらいご案内します、ということなのでお言葉に甘えてお願いしました。

 Tさんにも少しリクエストしたところ、では、島の地形が分かる場所ということで舵引き丘(ハジピキパンタ)へ。そこから尾根に相当する地形を走り、与論城(グスク)跡へ。

与論城跡
与論城跡

 与論十五夜踊りの舞台になっているのが与論城跡で、歩道を歩いていくと、断崖です。

 フェリーが港に入る前に茶花沖から眺めた海岸段丘のヘリでした。

 この風景は喜界島の七島鼻から眺めた景色とほとんど同じ、方角も似ています。

 城跡の公園には十五夜踊りの展示館があり、内部には入りませんでしたが、外から見てみると琉球踊りの一番組の建物にある大きな太鼓がよく見るとクサビ止め、大島のチヂンと同じ構造です。沖縄にはチヂンのようなクサビを使った太鼓はありません。また、大和風踊りの二番組の建物を覗くと紙面、大島の油井豊年祭や加計呂麻島の諸鈍シバヤの面に似ています。衣装もそれぞれ琉球と大和、まさに琉球と大和が交差するところなんですね。

城屋川(グスクヤゴー)
城屋川(グスクヤゴー)

 そして、十五夜踊りを伝承しているのは与論城の下にある城(グスク)集落の方々とのこと、集落に入ってみると昔からのサンゴの石垣で囲まれた立派な敷地が多かったです。

 ただ、他の集落はほとんどが畑の開発等にともない移転を繰り返したので近代になってからの場所とのこと。
 城集落には水場もあり、「城屋川」(グスクヤゴー)でした。喜界島では「ウリガー」沖永良部では「暗川(クラゴー)」もしくは「ホー」。島々で水場の名称の違いも面白いです。

(6)へつづく)

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